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ある二人の婚活物語(STORY)。─ 第1章 第1節 ─

 

 今週は、ゴールデンウィーク前の慌ただしさで、やけに水曜日になるのが早く感じてしまう。夕刻近くになってから降り始めた雨は、さらさらと繊細な雨音を奏でながら、窓ガラス越しに見下ろす街を、濡らしていた。

 

─── 僕の名前は田川賢司、もうじき32歳。市内の中堅企業で、エンジニアをしている普通のサラリーマンだ。

 

 集中したパソコン作業で、目の奥が痛い。終業まではあと2時間。ひと息つくことにして、休憩スペースへと向かった。自販機の缶コーヒーを片手に、いつものように壁際のベンチに腰を下ろし、「はぁ・・・」と大きく息を吐く。胸ポケットからスマホを取り出し、左手の親指で画面をなぞりながらニュースサイトを見ていると、あるタイトルが目に飛び込んで来た。

 

「衝撃!日本人の結婚率が歴代最低レベルに減少!」

 

 なんとも仰々しいタイトルだが、思わずその内容に惹きつけられてしまう。「世の中には、同じ境遇の人が結構いるんだな」と、安心しかけたのだが、すぐにある不安が浮かんできた。僕はいつまで「結婚していない」側にいるのだろうか。先日の結婚式で見た後輩圭佑の、幸せそうな顔を思い出すと、自分の中で焦りにも似た感情が、大きくなるのを感じた。

 

 この男だらけの職場で働き始めて、もう9年が経った。中学から高校まで男子校で育ってきた僕は、高校卒業後も理系大学へ進学した。女性と接する機会が、極端に少ない青春時代を過ごし、今はこうしてエンジニアとして忙しく働いている。もうじき32歳を迎えるというのに、まだ当分は、恋人と呼べる相手に出会えそうもない。

 

───私の名前は、宮下敬子。年齢は29歳。市内の商事会社で、ごく普通のOLをしている。

 

 先週末、友人の純子に「敬子にも、いい人を見つけて欲しいから!」と、半ば強引に連れ出された合コンだったのだが。残念ながら、良い出会いは無かった。イケメンやお金持ちとの出会いを、期待した訳ではなかったけれど。相手があまりにも若すぎたり、なぜか既に結婚している人がいたり。彼氏と別れてから、もう3年近く恋人と呼べる相手のいない私は、心のどこかで素敵な相手と巡り会えるかも、と淡い期待を抱いていたのだが・・・。

  

「出会いが無くて。」

 

 恋人がいない理由を聞かれると、私は決まってこう答えるようにしている。勤めている職場は、父親ほども年齢が離れた男性ばかり、職場と自宅とを往復するだけの毎日では、異性と知り合う機会なんてほとんどない。いったい街を歩くカップルたちは、どうやって相手を見つけているのだろう。

 

 帰り支度を始めた同僚たちの気配に気づき、ふと壁に掛けてある時計に視線を移す。午後6時、もう終業の時刻だ。いつもなら業務は何なくこなす方のだが、何故か今日は思うように仕事がはかどらなかった。全く自分らしくない情けない状況だ。会社を出てからも、うまく気持ちを切り変えることが出来ずに、駅までの道を足早に歩いていると、突然うしろから「敬子!」と、聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

─ 第1章 第1節 ─