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ある二人の婚活物語(STORY)。─ 第1章 第2節 ─

 

 「敬子!」その声に驚いて振り返ると、親友の純子が満面の笑みでこちらを見ていた。「驚いた!純子も、仕事帰り?」不意だったので、親友だというのに、驚きのあまり声が上ずってしまった。慌てて呼吸を整える。「そう、いつもより早く上がらせてもらったから。敬子、これから予定ある?よかったら、お茶でもしていかない?」純子はミディアムボブにした髪をかきあげながら、いつものように、ニッコリと笑顔を見せた。今日は仕事が捗らず気持ちが沈んでいたので、気晴らしができるのは嬉しい。

 

 やって来たのは、先週地下街にオープンしたばかりの、オーガニック系の小洒落たカフェ。新鮮なフルーツを使ったスムージーや、無農薬の食材を使ったハンバーガーなどの軽食を売りにしているらしい。いかにも女性が好きそうな感じのお店だ。ボサノヴァ調の音楽が鳴り響き、間接照明の淡い光が灯る店内には、同じく仕事帰りと思われる女性客で賑わっていた。読書をする人もいれば、親しい人との会話に花を咲かせる人もいたりと、それぞれの時間を満喫しているようだ。私と純子は、今が旬である苺のスムージーを注文し、奥のテーブル席に向かい合わせで座った。

 

 「で、どうなの最近は?」純子は、いたずらっぽく私に尋ねてきた。どうなの?も何も、先週会ったばかりなのだから、私の状況は純子が一番よく知っているではないかと思ったが、言葉にはしないでおいた。いくら気心の知れた友人といえ、相手が気にさわるようなことは言わないよう、私は日頃から気を付けているのだ。「うーん、相変わらず、何も無いよ。」私はストローの先で氷をカラカラと動かしながら、小さく笑顔を作った。

 

 「そっか・・・。」そう言って純子は、整えられた眉をしかめながら相槌を打つ。昔から変わらない、真剣に話しを聞いている時の彼女の癖だ。純子は、百貨店で受付として勤務しており、身長167cm程のスラリとしたモデル体型で、目鼻立ちがくっきりした美人。細かいことはあまり気にしない、サバサバした性格ということもあり、男女のどちらからも好かれるタイプだ。自分とは対照的な部分を多く持つ親友に、私は密かに憧れを抱いている。最近では長年付き合っていた彼氏との婚約が決まり、真夜中の電話で純子からその報告を受けた時私は、自分のことのように彼女の幸せを喜んだのだ。そして、結婚という二文字をより大きく意識したのもその時だった。

 

「あとさ、この間の合コンはごめんね。せっかくセッティングしたのに、なんだか冴えない人達ばかりで・・。私もさ、まさか既婚者が来るなんて思わなかったのよ。」純子が申し訳なさそうな顔をして言う。「気にして無いよ。なかなか素敵な人って居ないものだよね。」これ以上純子に悲しい顔をさせたくないので、私は少し大げさに明るく答えてみせる。 すると純子が、鞄からスマホを取り出した。「最近はさ、インターネットで探すっていう人もいるみたいだよ?」と言いながら、私の顔の前に突き出した。そこには、最近話題の出会い系アプリの画面が映し出されていた。

 

 「あぁ、出会い系アプリってやつね。でも私、ネット上の個人同士の恋愛ってあまり信用できなくて。経歴とかいくらでも偽れると思うし、もう少しお互いにコミュニケーションを取りながら、慎重に相手を見定めたいっていう気持ちがあるんだよね・・・」実際にその類のアプリを使用した経験は無いのだが、ニュースなどで聞きかじった知識からあまり良い印象を持てないでいたのだ。「アハハ、その慎重さは敬子らしいよねやっぱ!」純子が軽快に笑ってみせる。その唇には今季の流行色のルージュが均一に塗られており、女の私でもつい見惚れてしまうほどの美しさだ。 「それなら、結婚相談所とかじゃない?あれなら仲人さんみたいな人がきちんとフォローしてくれるんでしょ?」純子が話を続けようとしたその時、背後で大きな音がした。

 

 ドサッ!ガシャーン!

 

 氷が床に散らばる音がした。振り返ると、スーツを着たビジネスマンと思しき男性が、スムージーを派手にこぼしていた。「ああ、やっちゃった」そんな驚きと笑い声で騒然となるなか、彼の元には若い女性の店員が駆けつけていた。

 

─ 第1章 第2節 ─