· 

ある二人の婚活物語(STORY)。─ 第1章 第3節 ─

 

 ───片手に持っていたトレイから、カップがゴロンと勢いよく滑り落ち、淡いピンク色の液体と小さな氷が、一瞬で辺りに広がった。慌てて店に置いてあるペーパーナプキンを手に取り、汚れをかき集めながら沢山の客の視線を感じた。混み合う店内で、苺のスムージーをひっくり返すという醜態を晒した後、いったいどんな顔をしたら良いのかその男は戸惑ってる様子だった。

 

 「またやってしまった」。彼の人生の中で、このような失敗は珍しいことではない。むしろ昔からこのような失敗をしてしまうタチなのだ。こういった要領の悪さも長く恋人ができない一因となっているのだろう。

いつも仕事帰りにビールを一杯飲みに行っている行きつけの喫茶店が臨時休業だったので、帰り道に偶然通り掛かった目新しい店に入った。なんとなく女性向けの雰囲気はしたのだが、他に喫茶店らしきものが見当たらなかったので入ってみたのだが、この有り様だ。慣れない店には来るもんじゃないと痛感する。幸いスムージーが入っていたカップはプラスチック製だったので割れずに済んだ。小走りで駆けつけた若い女性店員がテキパキと片付けてくれたので、すぐにその場は何事もなかったような静けさを取り戻していた。

 

 女性店員は代わりのスムージーを提供してくれようとたのだが、それは申し訳ないので、新たにホットコーヒーを注文することにした。通行人が見える窓側に面したカウンター席に腰をかけ、淹れたての香ばしい香りのするコーヒーに口をつける。斜め後ろのテーブル席では、20代くらいの女性2人組の話が盛り上がっていた。会話の内容までは、聞こえないが「合コンが、結婚が・・・」という言葉が聞こえてくる。

 

 自分が唯一恋愛の相談をする相手といえば、先日結婚した後輩の圭佑か、馴染みの喫茶店のママなのだが、そのママは最近、顔を合わせるたびに「賢司くん、まだ結婚しないの?良い人紹介するわよ!お見合いとかどう?」などと茶化してくる。母親くらいの年齢の女性からすると、この年で独身という男性は気になる存在なのだろう。昔は今よりも結婚する年齢が早かっただろうし。「しかし今時、お見合いはなぁ・・・。」そんなことを考えていると、後ろの席で話している二人組の女性から「結婚相談所が・・」という声が聞こえてきた。

 

「結婚相談所・・・か」

 

 今まで考えたことも無かったが、一般的な恋愛よりも、お互いの目的が最初から合致しているので、結婚相手を見つけやすいという話は、職場の上司からかなり前に聞いたことがある。なんとなく詳しく知りたい衝動に駆られ、持っていたタブレットを使って「結婚相談所」というワードを検索してみた。様々な結婚相談所のサイトがズラリと表示されている。その数の多さに驚きつつも、この札幌を拠点としているという、結婚相談所のホームページを覗いてみることにした。記載されている相談所の所在地を見ると、職場のすぐ近くらしい。「一度問い合わせだけでもしてみようかな・・・。」

 

 席を立つ音がした。斜め後ろに座っていた女性2人組が店を出るようだ。1人は今時の背の高いモデル風の女性、もう1人は背格好は至って普通、服装も落ち着いたカラーで揃えたオフィスカジュアル風のファッションの女性だった。2人共背を向けているので顔は見えないのだが、なんとなくどちらかと言えば、派手さはないが落ち着いた雰囲気の女性が好みかも、そうぼんやりと考えていた。

 

─ 第1章 第3節 ─